ハンゾーモン 半藏門 江戸城内郭の城門の一。一に麹町御門ともいふ。吹上禁苑の裏に當る。名稱は門内に服部半藏正就の屋敷があったので名づく。半藏御門。
出典:「大辞典」第21巻 昭和11年5月刊 平凡社 発行者下中弥三郎
抜粋 2022・7月
大衆文学における「日常」の研究 〔3〕 正宗白鳥著「文壇五十年」より
田沼大戦景気で上大戦景気で上がった原稿料
――菊池、芥川、久米らの擡頭
戦争は厭(いと)うべきものであるが、戦争によって、文学の面目が一新することもあるのだ。
日露戦争後には、自然主義の興隆、ロシア文学の輸入などで、沈滞していた文壇に生気が注がれた。
第一次世界戦争(大正3・8)の進むに連れて、日本は急速に金持になったらしく、いろんな方面で生活が豊かになったようであったが、貧乏を看板にしていた文壇も戦争景気のおこぼれにあずかって、雑誌も売れ、本も売れ、金に縁のなかった文筆業者の懐も暖かくなりだしたのであった。
私は、中央公論には、四季の増ページ號には、必ず寄稿することになっていたが、原稿料は向こうまかせで、こちらから要求したことはなかった。一圓、一圓二十銭、一圓五十銭と、時々値上げされるのを楽しみにしていた。戦争のための物価高騰のおりは、それを理由にとくに三十銭増額された時も雑誌社は戦争景気で随分もうかっていると聞いてはいたが、そのくらいの増額も、豫想外のお恵みとして有難く頂だいした。
ところが、戦争の威力で文学的活気も盛んになったらしく、新進の文学青年の態度は、私などが文壇にはい出した時とは、はなはだしく異なっていた。文壇史に一時期を劃すると云っていた。私はそのころそう感じた。菊池寛が新文壇の代表者みたいになっていたが彼らは自信が強かった。彼らは雑誌社や出版社から、取れるだけ取ってやれと考えるようになっているのであろうと、私は推察して、それは私などのなし得ないところであると愚考していた。
私などは、原稿料は全然先方まかせであったが、新進気鋭の彼らは、大胆不敵にも、多額の報酬を要求するそうであった。それについて、ある時、中央公論社長麻田駒之助が私に話したことがあった。
「若い方には値上げの要求をなさる資格があります。それは今のお若い方は眞剣に実の入ったものをお書きになります。以前とはちがって来ました」
出版業者でもそう思っているのか、今日、戦争景気で文壇に進出した新進気鋭の作家の新作品は、これまでの作家の作品のような、元気のない、色のあせた、だらしのないものではないと思っているらしいが、私はその説にさからう気にはなれなかった。在来の作者は、新来の作者とは太刀打ちが出来なくなったのであろうと、事実を認める外なかった。戦争はのろうべきものであろうが、世界大戦争があったればこそ、そして、日本が優勝者の地位を占めたればこそ、文学方面でも、舊時代を踏越えた新作家の活躍が見られるのではあるまいか。
「若い者が原稿料値上げの要求をするので、わらわれもその恩澤にあずかる事になった」と、舊作家は、おりにふれては話合った。営利専門の出版業者でも、新進作家にだけ厚くむくい、舊作家には従来通りの薄謝ですますのは、忍びないらしく、私などにでも、請求しないのに、続々と稿料の値上げをした。二圓、三圓、四圓五十銭、五圓、六圓、ついに十圓。
昔を回顧すると隔世の感がある。作家商売悪くないといった感じを、当人の作家にも起させたし世人にも起させた。小説書きになる事は、以前は父兄に喜ばれなかったのだが、世界大戦後(大正7年11月休戦條約成立)は、そうでもなくなった。風姿からして、以前の文人は、世間離れしているらしい趣きがあったが、菊池寛(1888年-1948年)出現以後は、世間人として、世を廣く住んでいるらしく見られるようになった。世界大戦争後の大景気も一朝の夢であって、世はまた乏しい境地に陥ったものの、一たび世間に出て世間なみに暮すくせのついた文壇人は、昔に戻って、小さく生きる気持にはなれなかった。能なしの、根気の乏しい、気の弱い者は、仕方がないが、力のある者は、一度得た地位は失うまいと努めるであろう。
それで、新時代の作家は、菊池をはじめ、芥川(1892年-1927年)でも、久米(1891年-1952年)でも、里見(1888年-1983年)でも、佐藤(1892年-1964年)でも、私などの目には空前なはでな存在として映っていた。麻田中公社長の云うところの「若い作家はあなた方とちがって、原稿料の値上げを主張される資格がある」として、それら優秀なる新進作家の風姿、言語行動までも昔の作家とちがった新鮮味がありそうに空想された。彼らはすべて昔の作家とちがって、それぞれにうまいものを食って栄養をとって、わが世の春を楽しんでいるらしく、私には空想された。親しく交わらないので、どこかでちらと見るだけだから、どんなにでも空想し得られたのであろうか。
三文文士、文士貧乏の世とちがって国土豊かに文化栄える世となったのであったが、私は潑剌(はつらつ)たる新進のふるまいを見るにつけて過去の文壇を回顧して、人世の推移を感ずるのである。
私は少年のころ読みたくもない論語を読まされて、多くの聖語をいや應なしに心に感銘させられているが、さまざまな註釈はどうであろうと、自分一個の好みで、慈味津々たる思いして、おりおり記憶に浮べる語句は「晨(あした)に道を聞く、夕(ゆうべ)に死すとも可なり」と「逝(ゆ)くものは此(かく)の如きか晝夜を舎(す)てず」とである。文壇の流れを見ても、私はこの感を起すのである。
紅葉の死、二葉亭の死、独歩の死、漱石の死、抱月の死など、私にとって印象が深いのだが、逝くものは此の如きかと歎ぜられるのである。
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